身内を亡くしてまだ間もない時期に、前から決まっていた飲み会の予定が残っていることがあります。
行きたい気持ちがあるわけではなくても、断れば気を遣わせるし、出れば出たで薄情だと思われないか。
どちらを選んでも落ち着かない、という状態になりがちです。
困るのは、迷っているのが自分の気持ちではなく、周りからどう見えるかのほうだという点です。
悲しくないわけではないけれど、日常を止めるほどではない。
そういうときほど、判断の基準が見つかりません。
結論からお伝えすると、忌中に飲み会へ行くことが一律に非常識だという決まりはありません。
控えるのが無難とされる慣習はありますが、その期間も理由も、思われているほどきっちり決まってはいないからです。
行くことを勧める記事でも、控えることを勧める記事でもありません。
判断するための材料を並べています。
この記事は、e-Gov法令検索に掲載されている人事院規則の条文、葬儀社各社の公式サイト、および報道各社の記事をもとに整理しています。
まずは、忌中と喪中が何を指すのかから見ていきましょう。
忌中と喪中は期間も意味も違う
最初に、言葉の整理をしておきます。
ここが混ざったままだと判断できません。
忌中は四十九日法要までの期間、喪中は亡くなってからおよそ一年間を指します。
葬儀社各社の説明では、忌中は故人の冥福を祈り、外に出る用事を控える期間とされています。
仏式なら四十九日法要まで、神式なら五十日祭までです。
一方の喪中は、故人を偲びながら少しずつ日常に戻っていく期間で、一年間が目安とされています。
重要なのはここです。
四十九日という区切りは、法律で決められたものではありません。
葬儀社の説明にも「法的決定権がなく、一般的な期間と親等に基づく」とはっきり書かれています。
四十九日という線は昔からの目安として広く共有されているだけで、守らなかったら何かが起きる決まりではありません。
控える理由は仏教ではなく神道の考え方から来ている
続いて、なぜ控えるとされているのかを見ておきます。
理由を知ると、線の引き方が変わります。
忌中にお酒の席や祝い事を避けるという考え方は、死を穢れとみなす神道の考え方から来ています。
葬儀社の説明では、神道が死を穢れとして扱うため、神様のいる場所にそれを持ち込まないように神社参拝を控える、とされています。
飲み会や宴会を避けるのも、同じく「晴れがましい場に出ない」という考え方から来たものです。
一方で、仏教にはもともと穢れという考え方がありません。
ある葬儀社の記事では、忌中・喪中は神道と仏教が混ざり合うなかで入ってきたものだと説明されています。
だからこそ、忌中でもお寺への参拝は問題ないとされているわけです。
浄土真宗について書かれた葬儀メディアの記事では、亡くなった人はすぐに仏になるという教えから、忌や喪という考え方が存在しないと説明されています。
そのうえで、教えのうえでは問題がなくても、ほかの宗派の人が戸惑わないように、一般的な常識には合わせたほうがよいとも書かれています。
ここに、この問題の性質がよく出ています。
控えるかどうかは、教えの問題ではなく、周りとの折り合いの問題として残っているということです。
国が定めている服喪の日数は最長でも7日
では、はっきりした目安はないのでしょうか。
ひとつだけあります。
国家公務員が親族を亡くしたときに認められる休暇の日数は、人事院規則で親族ごとに定められています。
最も長い配偶者と父母でも7日です。
人事院規則一五―一四の第22条第1項第13号に、親族が亡くなったときの特別休暇が定められています。
日数は同じ規則の別表第二にあり、次のようになっています。
数字を並べると、慣習との開きがはっきりします。
四十九日まで控えるべきだとされる一方で、国が通常どおり働いてよいと定めている区切りは、祖父母なら3日です。
同じ規則には、父母の追悼のための行事に1日という定めもありますが、それも1日です。
もちろんこれは休暇の日数であって、「何日たてば飲みに行ってよい」と国が決めているわけではありません。
職場のならわしも地域の考え方も、これとは別にあります。
それでも、控える期間についてはっきりした数字はここにしかないので、知っておいて損はありません。
四十九日と3日。
これだけ開きがあると分かれば、自分が感じていた引っかかりは的外れではなかったと思えるはずです。
葬儀の場そのものが会食になっている
もうひとつ、あまり語られないことがあります。
通夜のあとに行われる通夜振舞いは、故人を偲びながら飲食をともにする場です。地域によっては宴席に近い形をとることもあります。
読売新聞の発言小町には、親族が亡くなった翌日に夫が飲み会へ行ったことに戸惑った投稿があります。
そこに寄せられた回答のひとつが、まさにこの点に触れていました。
投稿者に向けて「お通夜お葬式だって多分あなたが思っているほど、しんみりとしたものじゃないです」「地域によっては通夜振舞いや葬儀後の会食がほぼ宴会の地域もありますから」と書かれています。
同じ回答では、葬儀社の人から聞いた言葉として「この忙しさや騒がしさが、一番悲しい時を癒して、残された方にちゃんと普通に暮らしていけると教えてくれるんですよ」という言葉も紹介されています。
「忌中はお酒の席を控えるべき」という考え方と、葬儀の場そのものに会食があるという事実は、並べてみるとつじつまが合いません。
控えるべきなのはお酒そのものではなく、故人と切り離されて浮かれて見える振る舞いのほうだと考えると、この食い違いは解けます。
会社の飲み会と友人の飲み会は分けて考える
ここまでを踏まえると、判断は2つの見方で整理できます。
どの葬儀社の説明でも、会社の飲み会は仕事の延長として例外あつかいになっています。
ある葬儀社の記事には、会社として開く新年会には、個人として忌中・喪中であっても参加する人がほとんどだと書かれています。
別の葬儀社は判断の仕方をもっとはっきり示していて、参加するかどうかを「仕事として必要な場か」と「お祝いの色が強い場か」の2つで考えるよう勧めています。
この2つで見ると、同じ飲み会という言葉でも、忘年会と少人数の食事はまったく別のものだと分かります。
歓声の上がる大人数の宴会は控えて、気心の知れた数人との食事には出る。
その選び方はおかしくありません。
断るかどうかの前に、そもそも自分が参加を負担に感じているのかどうかを切り分けておくと決めやすくなります。
飲み会そのものに行きたくない場合の考え方は、下記の記事にまとめています。
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飲み会に行かないのは賢い?断ったときの見られ方と角が立たない伝え方
飲み会 行かないのは賢いのかを、実際の調査データと周囲の受け取り方から整理しました。毎回断る場合の考え方、二次会だけ断る方法、欠席時の寸志、角が立たない伝え方まで解説します。
断るときは理由の出し方を選ぶ
控えると決めた場合の伝え方です。
ここでつまずく人が多いところです。
葬儀社の説明では、「忌中なので」と事情をそのまま伝えるより、気持ちの整理がついていないと言うほうがよいとされています。
理由は、相手に気を遣わせないためです。
忌中だと明かすと、相手は配慮すべきかどうかを考えることになり、場の空気まで変わってしまいます。
出られないという結論は同じでも、伝え方ひとつで相手の負担が変わります。
立場が弱いと、断ること自体がリスクに感じられることもあります。
実際、知恵袋には「派遣なので印象が悪くなって今後契約がなくなりそうな気がして不安」という相談が寄せられています。
その場合は無理に全部断らず、短い時間だけ顔を出すという選び方もあります。
忌中を理由に不利な扱いをする職場なら、それは飲み会の問題ではなく職場のやり方の問題です。
立場が弱い時期に断ることへの不安は、新人が忘年会を前に感じるものとよく似ています。
そちらの考え方は下記にまとめています。
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忘年会行きたくない新人へ!断っていい理由と幹事を頼まれたとき
忘年会 行きたくない新人が知っておきたいことを整理しました。断っていいのかという判断、上司がいる場と同期の場で変わる数字、角が立たない断り方、幹事を頼まれたときの対応まで解説します。
同じ時期に迷いやすいのが、義実家への帰省です。誰が喪中にあたるのかで判断が変わる点は、下記にまとめています。
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喪中の正月に義実家へ行くべき?誰が喪中かで変わる考え方
喪中の正月に義実家へ行くべきか。誰が喪中にあたるのかの分け方、忌引の日数、行く場合の挨拶と手土産、控える場合の伝え方まで整理します。
出ると決めたときにできる工夫
出る側を選んだ場合にも、やりようがあります。
全欠席か全参加かの二択にする必要はありません。
葬儀社の記事でも、仕事でどうしても外せない場合は顔を出すだけにする、ノンアルコールにする、一次会だけで切り上げる、といった方法が挙げられています。
最後の項目は、知恵袋の回答に出てきたものです。
祖母を亡くした直後に飲み会の予定があると相談した人に対して、「飲み会行く前に祖母に行ってくるねーって線香あげていってあげてはどうでしょうか」という答えが寄せられていました。
形を守ることより、気持ちの置きどころを作っておくほうが、後から自分を責めずに済みます。
なお、区切りの考え方について、同じ知恵袋にはもっと具体的な回答もありました。
四十九日法要を待たずに納骨を済ませる家も多く、納骨が終わっているなら日常生活に戻ってよいと考える人もいる、という内容です。
これは決まりではありませんが、自分のなかで線を引くときの目安にはなります。
身近な人が忌中に飲み会へ行ったとき
ここまでは行く側の話でした。
最後に、見る側について書いておきます。
身近な人が忌中に飲み会へ行くのを見て引いてしまう、という悩みも実際にあります。
発言小町の投稿は、まさにその立場から書かれたものでした。
義祖父が亡くなった翌日に夫が会社の飲み会へ行くと言い出し、投稿者は「正直引いてしまいました」と書いています。
ところが寄せられた回答の多くは、夫の側に立ったものでした。
投稿者の夫は「普段通りの生活をしていないと亡くなった義祖父にも心配かけてしまうし、それを望んでいない」と説明したと書かれています。
回答のひとつは、それを冷たいのではなく、通常運転でいかないと、と必死になっているだけだと読んでいました。
悲しみ方に正解はありませんし、外から見える態度と内側の気持ちは一致しません。
行かない人を責める理由がないのと同じように、行く人を責める理由もないということになります。
年末年始は、この判断が重なりやすい時期でもあります。
一人で過ごすと決めた場合の過ごし方は、下記にまとめています。
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年末年始が一人ぼっちになるときは?割合と先に決めておくこと
年末年始を一人で過ごすことになったときの整理です。一人で過ごす人の割合、この時期だけ寂しくなる理由、開いている場所や食事を先に決めておく方法を解説します。
忌中の飲み会に関するよくある質問
忌中に飲み会へ行くのは非常識ですか?
一律に非常識だという決まりはありません。控えるのが無難とされる慣習はありますが、法律で決まっているものではなく、どんな場か、どれくらい近い間柄かで判断が変わります。
葬式のあとに遊びに行くのは不謹慎ですか?
不謹慎だと決まっているわけではありません。ただし大人数で騒ぐ場や、写真をSNSに上げるような形は、周囲に誤解されやすくなります。
身内の不幸があったときにお酒を飲んでもいいですか?
飲んではいけないという決まりはありません。通夜振舞いのように、葬儀の場そのものが飲食をともなう形で行われることもあります。
忌中はいつまでですか?
仏式では四十九日法要まで、神式では五十日祭までとされています。ただしこれは慣習上の目安で、法律で決まっているものではありません。
国が定めている服喪の日数はどれくらいですか?
国家公務員の場合、人事院規則で配偶者と父母が7日、子が5日、祖父母と兄弟姉妹が3日、孫やおじ・おばが1日と定められています。
忌中の飲み会はどう断ればいいですか?
忌中だと明かすより、都合がつかない、気持ちの整理がついていない、と伝えるほうが相手に気を遣わせずに済みます。
会社の飲み会も断ったほうがいいですか?
会社の飲み会は仕事の延長として扱われることが多く、参加する人が大半だとされています。断りにくい場合は一次会だけ出るという方法もあります。
浄土真宗でも忌中は飲み会を控えるべきですか?
浄土真宗には忌や喪という考え方がないとされ、教えのうえでは控えるべきことは特にないと説明されています。ただし、ほかの宗派の人への配慮は別に必要だとされています。
喪中の人を飲み会に誘ってもいいですか?
誘うこと自体は問題ないとされています。ただし参加を強く求めることは避け、断りやすい形で声をかけるのが無難です。
まとめ
忌中に飲み会へ行くことが非常識だという決まりは、どこにもありません。
四十九日まで控えるという線は昔からの目安として広く知られていますが、法律で決められたものではなく、もとをたどれば神道の考え方に行き着きます。
仏教にはもともと穢れという考え方がなく、浄土真宗では忌や喪という区切り自体を置きません。
そして国が定めている服喪の日数は、最も長い配偶者や父母でも7日、祖父母なら3日です。
つまり、決めるのは最初から自分だということです。
そのとき手がかりになるのは、その場が仕事の延長なのか、それとも浮かれた場なのかという違いです。
取引先が同席する会と、気心の知れた数人との食事は、同じ飲み会という言葉でまとめられていても、まったく別のものです。
控えるべきなのはお酒そのものではなく、故人と切り離されて見える振る舞いのほうです。
そう考えると、出る・出ないの二択で悩む必要はありません。
一次会だけで帰る、ノンアルコールにする、写真を残さない。
出かける前に手を合わせていく。
線の引き方は自分で決められますし、決めたことを人に説明する義務もありません。
そして、もし身近な人が忌中に飲み会へ行くのを見て落ち着かない気持ちになったとしても、それはその人が薄情だということにはなりません。
普段どおりに過ごそうとすることは、立て直そうとする動きでもあるからです。