殺虫剤を使わずにゴキブリを何とかしたい。
そう考えたとき、虫を食べる植物というアイデアは魅力的に見えます。
置いておくだけで勝手に捕まえてくれるなら、これほど楽な対策はありません。
ただ、調べてみると「効かない」と書いてある記事ばかりが並びます。
理由まで書かれていないので、本当に無理なのか、育て方の問題なのかが判断できません。
まずは、いちばん単純な比較から始めましょう。
大きさを並べるだけで答えが出てしまう
効く効かないを議論する前に、確認しておくべき数字があります。
ハエトリソウは正式にはハエトリグサといい、学名をDionaea muscipulaといいます。
原産地はアメリカ合衆国の南東部です。
園芸の資料では、この植物の草丈は5〜10cmと記載されています。
株全体で5〜10cmです。虫を挟む葉1枚は、そのなかのさらに一部にすぎません。
一方、家に出るゴキブリの体長はどうでしょうか。
クロゴキブリは3〜4cmあります。
株全体の半分近い大きさの虫を、葉1枚で挟んで閉じ込めるという話になります。
物理的に成立しないというのは、こういう意味です。
感覚的な「大きすぎる」ではなく、並べれば誰でも同じ結論にたどり着きます。
葉が閉じるには条件が2つある
もうひとつ、見落とされがちな仕組みがあります。
ハエトリソウの葉は、何かが触れれば閉じるわけではありません。
基礎生物学研究所の研究チームが2020年、この仕組みを解明して科学誌Nature Plantsに発表しています。
葉の上面には6本の細い毛があり、感覚毛と呼ばれます。
1回触っただけでは閉じず、30秒以内にもう1回触れると、約0.3秒で閉じるという条件つきの仕組みです。
なぜ2回なのか。
研究では、1回目の刺激で細胞内のカルシウムイオン濃度が上がり、2回目の刺激がそこに上乗せされて閾値を超えたときに閉じることが確かめられました。
1回目で上がった濃度は時間とともに下がるため、間隔が空くと閉じません。
この仕組みは、雨粒やゴミで無駄に閉じないための仕掛けだと考えられています。
つまりこの罠は、獲物を積極的に捕まえるためではなく、空振りを避けるために作られています。
夜中に走り抜けるゴキブリが、たまたま同じ葉の感覚毛を30秒以内に2回踏んでいく確率を考えると、そもそも作動する場面が想像しにくいことがわかります。
仮に1匹捕らえても、葉は10日ふさがる
ここまでは捕まえられるかどうかの話でした。
次は、捕まえたあとの話です。
食虫植物は虫を挟んだあと、消化液を分泌して時間をかけて吸収します。
この消化にかかる期間は、およそ1週間から10日とされています。
その間、その葉は閉じたままで、次の獲物を待つことはできません。
1匹につき葉1枚が10日使えなくなる、という処理能力になります。
ゴキブリは1匹見かけたら、見えていない個体がいると考えるのが基本です。
卵鞘ひとつから複数が孵ることを踏まえると、月に数枚しか処理できない仕組みでは追いつきません。
捕食する能力があるかどうか以前に、処理の速度が対策の要求水準に届いていません。
ウツボカズラやモウセンゴケなら違うのか
ハエトリソウが無理なら、袋のタイプならどうか。
そう考えるのは自然な流れです。
ウツボカズラは袋状の捕虫器に落ちた虫を消化するタイプで、確かに挟む必要がありません。
ただし家庭で流通しているものは袋が小さく、クロゴキブリが落ちて出られなくなる大きさではありません。
そして袋に落ちなければ何も起きないという点は、待ち伏せである以上変わりません。
モウセンゴケは粘着で捕らえるタイプですが、こちらは相手の力に対して粘着力が足りません。
コバエやアリのような軽い虫が対象で、脚力のあるゴキブリは張り付いても抜け出します。
最後の一行が本質です。
食虫植物はゴキブリを引き寄せるフェロモンも、殺虫成分も持っていません。
置いた場所にたまたま来た虫だけが対象で、部屋の側から虫を集めてくる働きはありません。
無理に食べさせると、植物のほうが傷む
それでも試してみたい、と思う人はいます。
捕まえたゴキブリを葉に入れてみる、という発想です。
ここには、あまり知られていない副作用があります。
大きすぎる虫を入れると葉が閉じきらず、隙間から空気が入って、消化される前に中で腐ってしまいます。
そうなると葉は黒く変色し、その葉は使えなくなります。
気温が高い時期はとくに起きやすく、消化の速度より腐敗の速度が勝ってしまうためです。
株全体の体力も削られます。
そもそも食虫植物は、虫を与えなければ枯れる植物ではありません。
栄養の大半は光合成でまかなっており、虫は不足しがちな養分を補う手段にすぎないためです。
ゴキブリを食べさせようとする行為は、対策として効かないうえに、植物を弱らせるだけの結果になります。
置いたら逆に虫が増えた、という落とし穴
ここからは、あまり書かれていない話をします。
「食虫植物を置いたのに虫が増えた」という声があり、これには理由があります。
食虫植物の栽培は、鉢を水に浸ける腰水という方法が基本です。
用土にはピートモスや水苔が使われます。
つまり有機質の土を、常に湿った状態で室内に置くことになります。
この条件は、キノコバエにとって理想的な産卵環境です。
キノコバエは湿った有機物に卵を産むため、土の表面が乾く暇のない鉢は、そのまま発生源になり得ます。
ゴキブリ対策のつもりで置いた鉢が、別の虫の温床になるという皮肉な結果です。
土から小さな虫が湧いたときの対処については
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で扱っています。
ゴキブリは減らないまま、コバエの発生源だけが1つ増えるという事態は避けたいところです。
では何なら現実的なのか
食虫植物に期待できないとなると、次に何を選ぶかという話になります。
香りで寄せ付けない方向を考えるなら、精油やハーブが候補になります。
ただしこちらも効果の範囲には限界があり、研究で示されている条件と実際の使い方には差があります。
詳しくは
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確実性を求めるなら、待ち伏せさせるのではなく、巣ごと減らす仕組みを置くほうが早道です。
置き型のベイト剤は、食べた個体が巣に戻ってから効くため、姿の見えない個体まで届きます。
待ち伏せて1匹ずつ処理する植物とは、届く範囲がそもそも違います。
食虫植物を虫取りとして買うなら
ここまで否定的に書いてきましたが、食虫植物そのものが役に立たないわけではありません。
相手を間違えなければ、きちんと働きます。
得意なのは、小さくて軽い虫です。
コバエやアリ、ユスリカのような虫であれば、葉のサイズにも粘着力にも無理がありません。
関連語に「食虫植物 コバエ 効果」が並ぶのは、この相性を体感した人がいるからでしょう。
ただし、あくまで観賞しながら少し捕れるという位置づけです。
駆除の主力にはなりません。
虫取り装置ではなく、動きを見て楽しむ植物として迎えるのが、いちばん失望の少ない買い方になります。
食虫植物とゴキブリに関するよくある質問
食虫植物はゴキブリを食べますか?
家庭で流通している食虫植物では、ゴキブリの成虫を捕らえて消化することは現実的ではありません。ハエトリグサの草丈が5〜10cmなのに対しクロゴキブリの成虫は30〜40mmあり、葉1枚で挟める大きさではないためです。
ハエトリソウはどのくらいの虫まで食べられますか?
葉が無理なく閉じきる大きさが上限になります。閉じきらない大きさの虫を入れると隙間ができ、消化される前に腐って葉が黒く変色してしまいます。
葉はどうやって閉じるのですか?
葉の上面にある6本の感覚毛に、30秒以内に2回触れることが条件です。この条件を満たすと約0.3秒で閉じます。1回だけの接触では閉じません。
消化にはどのくらいかかりますか?
およそ1週間から10日とされています。その間その葉は閉じたままで、次の獲物を捕らえることはできません。
ウツボカズラならゴキブリも入りますか?
家庭で流通するサイズの袋では、クロゴキブリが落ちて出られなくなる大きさにはなりません。また袋に落ちること自体が偶然に頼るため、対策としては期待できません。
食虫植物を置いたら逆に虫が増えました。なぜですか?
腰水で常に湿らせて育てるうえ、用土のピートモスや水苔が有機質のため、キノコバエの産卵環境になりやすいからです。受け皿に溜まった水も発生源になります。
虫を与えないと枯れますか?
枯れません。栄養の大半は光合成でまかなっており、虫は補助的な養分にすぎません。無理に与えるほうが株を弱らせます。
コバエになら効きますか?
コバエやアリのような小型で軽い虫であれば、葉のサイズにも粘着力にも無理がなく捕らえられます。ただし数を大きく減らす力はなく、観賞の延長と考えるのが妥当です。
まとめ
調べていて意外だったのは、食虫植物の罠が「捕まえるため」ではなく「空振りを避けるため」に設計されていたことでした。
感覚毛に30秒以内で2回触れなければ閉じないという条件は、雨粒やゴミで無駄に葉を閉じないための仕掛けです。
積極的に狩る装置ではなく、確実なときだけ動く節約型の仕組みでした。
そう考えると、ゴキブリ対策に向かないのは当然です。
株全体が5〜10cmの植物に、3〜4cmの虫を挟ませようという話ですし、仮に成功しても葉1枚が10日ふさがります。
この植物は待つことしかできず、部屋の側から虫を集めてくる働きを持っていません。
さらに厄介なのが、育てるために土を湿らせ続けなければならない点です。
ゴキブリを減らすつもりで置いた鉢が、キノコバエの産卵場所になることがあります。
減らしたい虫は減らないまま、別の虫の発生源だけが増えるというのは、いちばん避けたい結末でしょう。
それでも、相手を選べば働く植物ではあります。
コバエやアリなら葉のサイズに無理がありません。
虫取り装置として期待して失望するより、閉じる瞬間を見るために迎えるほうが、この植物とは長く付き合えるはずです。