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三山凌輝の学歴は?法政大学は本当か高校や小学校も確認

三山凌輝 学歴 インターナショナルスクール 法政大学説

三山凌輝さんの出身校を調べると、多くのサイトが「法政大学」と書いています。

高校も法政大学高校で偏差値69、といった具体的な数字まで出てきます。

ところが同じように調べていくと、「高校1年の後半に通信制へ転校した」と書いているサイトも出てきます。

どちらも同じくらい断定的に書かれているのに、この2つは同時には成り立ちません。

この記事でわかること

  • 本人が語っている学歴はどこまでか
  • 法政大学という情報がどこから出てきたのか
  • 高校について食い違っている2つの説
  • 小学校と中学について出ている情報
  • インターナショナルスクールに入った理由

この記事は本人がインタビューで語った内容と、公表されている情報をもとに執筆しています。

確認できないものは推測として区別して書いています。

まずは、本人が自分で語っている部分から見ていきましょう。

三山凌輝さんが自分で語っている学歴

本人がはっきり語っているのは、3歳から小学2年生までインターナショナルスクールに通っていたことと、海外で暮らした経験があることです。

インタビューでは、そこに通うことになったきっかけまで話しています。

2歳のころ、実家の花屋の仕事で父親と一緒に近所のインターナショナルスクールへ花を届けに行き、英語の授業を見学しました。

そこで本人が「やりたい」と言ったため、翌年から通うことになったそうです。

本人が語っている内容

  • 2歳のとき、花を届けに行った先で英語の授業を見学した
  • 自分から「やりたい」と言ってインターナショナルスクールに入った
  • 3歳から小学2年生まで在籍した
  • その後アメリカとオーストラリアで暮らした

つまり英語を身につけた出発点は、親が決めた進路ではなく本人の希望でした。

2歳の子どもが授業を見て自分から言い出したという話で、のちに3か国語を話すと言われるようになる素地はここにあります。

海外での経験については、人種や国籍が違っても感じることは同じで、違うのは表現の方法だけだと気づいたとも語っています。

ここから先、つまり小学校以降については、本人の口から語られていません。

三山凌輝さんの学歴が法政大学とされている理由

続いて、いちばん多く見かける「法政大学」という情報を見ていきます。

本人も事務所も学校名を公表しておらず、法政大学という情報はSNSの投稿から組み立てられた推測です。

法政大学とされている根拠

  • 知人の吉田翔馬さんが法政大学出身だとSNSで分かった
  • 三山さんがその人を「学校の先輩」と呼んでいた
  • 「高校帰りの散歩中に志村けんさんに会った」という投稿があった
  • 志村けんさんの自宅が東京都三鷹市にあった
  • 三鷹市には法政大学の中学高校がある

つまり大学は「先輩」という一語から、高校は「志村けんさんに会った」という一件から導かれています。

そこに三鷹市という地名が重なって、法政大学中学高等学校という具体名が出てきました。

偏差値69という数字を載せているサイトもありますが、それは法政大学高校そのものの偏差値であって、三山さんの学歴が確認された結果ではありません。

学校が特定されている前提で、あとから数字が足されている形です。

推測がいくつも重なると、途中の「たぶん」が抜け落ちて事実のように読めてしまいます。

法政大学という情報を見かけたときは、出どころがツイート2件であることを頭に置いておくと受け取り方が変わります。

三山凌輝さんの出身高校で食い違っている2つの説

高校については、内容が正面からぶつかる2つの説が出回っています。

法政大学高校を卒業したとする説と、高校1年の後半に通信制へ転校したとする説です。

食い違っている2つの説

  • 法政大学高校(東京都三鷹市)を卒業したとする説
  • 全日制に通ったあと、高校1年の後半に通信制へ転校したとする説
  • 後者では、転校前の学校が法政大学中学高等学校だった可能性としている

この2つは、片方が誤りか、あるいは両方が部分的に正しいかのどちらかです。

転校前が法政大学中高で、その後に通信制へ移ったのであれば、両方の記述が同じ出来事を別の角度から書いていることになります。

高校時代については、帰宅部でボクシングとダンスに打ち込んでいたという情報も出ています。

中学でダンスを始め、高校で本格的に取り組んだという流れであれば、通信制への転校も活動時間を確保するための選択として説明がつきます。

ただしここも確認された情報ではありません。

どのサイトも根拠として挙げているのは同じSNS投稿で、新しい材料が出てきたわけではない点は押さえておきたいところです。

三山凌輝さんの小学校と中学について出ている情報

小学校と中学については、扱っているサイトがぐっと少なくなります。

小学3年生から三重県桑名市の私立小学校に転入したという情報と、中学受験をして第一志望に不合格だったという情報が出ています。

小学校・中学について出ている情報

  • 小学2年生まではインターナショナルスクール(本人が語っている)
  • 小学3年から三重県桑名市の私立小学校に転入したとされる
  • 中学受験をして第一志望には届かなかったとされる
  • 中学の学校名を挙げているサイトはない

小学2年生までインターナショナルスクールにいたことは本人が語っているので、そこから公立や私立の小学校に移ったこと自体は自然な流れです。

名古屋市出身とされていることを考えると、三重県の学校に通うのは通学圏として無理のない距離です。

中学については、受験をしたものの第一志望には届かなかったとされています。

ただし学校名を挙げているサイトはなく、調べたうえで「情報がありませんでした」とはっきり書いているサイトもありました。

中学時代にダンスを始めたという話は複数のサイトが載せているので、この時期の情報がまったくないわけではありません。

受験に失敗した話まで出ているのに学校名だけ分からないというのは、情報の集まり方として不自然です。

どこかで伝聞が混ざっている可能性も含めて読むほうがよさそうです。

なお三山さんの育った家庭については、下記の記事でまとめています。

三山凌輝 実家 お金持ち 母の生花店 土地売却報道 父親 母親 情報 家族構成
三山凌輝の実家はお金持ち?花屋は本当か両親の職業も解説

三山凌輝さんの実家がお金持ちと言われる理由を整理。花屋を営んでいるのは父方か母方か、両親がどんな仕事をしている人なのか、家族構成もあわせてまとめます。

三山凌輝さんの学歴で確かなことと不確かなこと

ここまで見てきた内容を、確かさの度合いで分けておきます。

確認できるのはインターナショナルスクールの時期だけで、それ以外はすべて推測の域を出ていません。

確かさの度合いで分けた学歴

  • 本人が語っている:3歳から小学2年生までインターナショナルスクール
  • 本人が語っている:アメリカとオーストラリアでの生活
  • 一部サイトのみ:小学3年から三重県の私立小学校に転入
  • 一部サイトのみ:中学受験で第一志望に不合格
  • SNS投稿からの推測:高校・大学ともに法政大学
  • SNS投稿からの推測:高校1年後半に通信制へ転校

学歴が公表されていない芸能人は珍しくありません。

公表しないという選択も本人の意思のうちで、周囲が埋めなければならないものではないはずです。

それでも検索されるのは、3か国語を話し、幼少期を海外で過ごしたという経歴に興味が集まるからでしょう。

その意味では、学校名よりも「2歳で自分から英語をやりたいと言った」という話のほうが、この人の育ち方をよく表しています。

三山凌輝さんの学歴に関するよくある質問

三山凌輝は法政大学ですか?

そう書いているサイトが多いものの、本人も事務所も公表していません。知人が法政大学出身であることと、三山さんがその人を「学校の先輩」と呼んでいたことからの推測です。

三山凌輝の出身高校はどこですか?

確認された情報はありません。東京都三鷹市の法政大学高校とする説と、高校1年の後半に通信制へ転校したとする説の両方が出ています。

三山凌輝の生い立ちは?

愛知県名古屋市の出身で、3歳から小学2年生までインターナショナルスクールに通い、その後アメリカとオーストラリアで暮らしました。中学でダンスを始めています。

三山凌輝は帰国子女ですか?

幼少期にアメリカとオーストラリアで生活しています。本人はその経験から、国籍が違っても人が感じることは同じで、違うのは表現の方法だけだと気づいたと語っています。

三山凌輝は何か国語を話せますか?

3か国語を話せるとされています。3歳からのインターナショナルスクールと海外生活が土台になっています。

三山凌輝の小学校はどこですか?

小学2年生まではインターナショナルスクールで、小学3年から三重県桑名市の私立小学校に転入したという情報があります。ただし本人が語ったものではありません。

三山凌輝は中学受験をしましたか?

受験をして第一志望に届かなかったとする情報があります。学校名を挙げているサイトはありません。

三山凌輝の経歴は?

2016年に俳優として活動を始め、2021年のオーディション番組を経て同年11月にグループデビューしました。大学4年生のときにグループが結成されています。

まとめ

三山凌輝さんの学歴を調べていくと、情報の量と確かさが釣り合っていないことに気づきます。

偏差値69という数字まで出てくるのに、その学校名の根拠をたどると「高校帰りに志村けんさんに会った」という投稿1件にたどり着きます。

大学も同じで、知人を「学校の先輩」と呼んだ一語から法政大学という名前が固まっていきました。

推測は、いくつも重なるうちに「たぶん」の部分が落ちていきます。

3番目のサイトが2番目を参照し、2番目が1番目を参照するうちに、最初にあった留保が消えて断定だけが残る。

高校について正反対の2つの説が並んでいるのは、その過程で何かがずれた証拠です。

一方で、本人が語っている部分は短いけれどはっきりしています。

2歳のときに父親と花を届けに行き、英語の授業を見て自分から「やりたい」と言った。

その一言から3歳でインターナショナルスクールに入り、海外で暮らし、いまは3か国語を話しています。

どの学校を出たかよりも、この人がどう育ったのかを知りたいのであれば、確かなのはこちらのほうです。

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